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Kiraku 映画論評

『狼の時刻』~誰にも話せぬほどの秘密を抱えると人格が崩壊していくということを示唆している~


2011年12月18日 08時19分 配信Ic_star55

『狼の時刻』は生と死、神の存在について問うた傑作『第七の封印』(57年)、アカデミー外国語映画賞受賞の名作『処女の泉』(60年)、精神に病を抱える娘と作家として娘の状況を書きとめようとする冷徹な父親を描いた『鏡の中にある如く』(61年)などで既に巨匠としての名声を確立していたイングマール・ベルイマン監督による68年の隠れた名作。当時神経症を患っていたベルイマンが人格の崩壊についてを幻想の中に描いた哲学的な作品だ。

『狼の時刻』とは古代ローマ人が信じていた真夜中と明け方の間の悪魔が解き放たれる時間を指すそうだ。人間が死につき、反対に生を授かるその「狼の時刻」に起こる出来事が果たして幻想なのか、それとも現実なのかは観衆の判断に委ねられる。ベルイマンが大きな影響を受けたローベルト・ヴィーネ監督による『カリガリ博士』(19年)、F・W・ムルナウ監督による吸血鬼を初めて扱った名作『吸血鬼ノスフェラトゥ』(22年)などに代表されるドイツ表現主義ホラー映画の影響を受けたといわれるその映像は、ゴシック・ホラー作品としても楽しめる。撮影は『処女の泉』以来ベルイマン監督作品のほとんどを手がけ同監督の『叫びとささやき』(72年)と『ファニーとアレクサンデル』(82年)でアカデミー撮影賞を受賞した名匠スヴェン・ニクヴィスト。その光と影をたくみに用いた撮影はレンブラントの絵画を思わせ、クローズアップされた出演者の表情からその感情を見事に描き出している

主人公の画家のユーハンを演じたのがマックス・フォン・シドー。上述の『第七の封印』(57年)で注目されて以来、旅の魔術師の一座を通じた人間劇『魔術師』(58年)、羊飼いの二人の兄弟に陵辱され殺害された娘の復讐に燃える父親を通じ神の存在を問うた『処女の泉』(60年)、上述の『鏡の中にある如く 』(61年)、などのベルイマン作品で主役を演じ国際的にも高く評価されていた。この『狼の時刻』でも孤独で悩みを抱える画家の心情をせりふよりも表情で見事に表現している。特に化粧をほどこした姿でヴェロニカと愛を交わした場面を皆に見られていたという屈辱の後での化粧が崩れた表情などは圧巻だ。イエス・キリストを演じたイエスの生涯を再現した史劇『偉大な生涯の物語』(65年)以降、悪魔と対決した神父を演じた『エクソシスト』(73年)、精神が分裂している男の白日夢を描いたヘルマン・ヘッセの同名小説を映画化したドミニク・サンダ共演の『ステッペンウルフ/荒野の狼』(74年)、冷徹な殺し屋を演じた、ロバート・レッドフォード主演の『コンドル』(75年)などでハリウッドにも活躍の場を広げていったのは当然といえよう。ユーハンの妻のアルマを演じたのがリヴ・ウルマン。ビビ・アンデショーンの紹介でベルイマン監督の私生活でのパートナーとなり、67年に言語障害を起こした元女優の患者と彼女に尽くす看護婦がまるで双子がそうであるとされるように互いに相手に起きた感覚を共有してしまうというビビ・アンデショーン共演のベルイマン監督の傑作『仮面ペルソナ』で元女優を演じ、その高い演技力で脚光を浴びていた。この『狼の時刻』でも夫への気持ちが揺らいでいく妻の気持ちをクローズアップの表情で見事に演じ、さらに評価を高めた。以降、イングリッド・チューリン共演の『叫びとささやき』(72年)、『ある結婚の風景』(74年)、アカデミー主演女優賞にノミネートされた『鏡の中の女』(75年)、イングリッド・バーグマン共演の名作『秋のソナタ 』(78年)などベルイマン監督作品で主役を演じ、名声を確立していく。ユーハンの元愛人のヴェロニカを演じたのがイングリッド・チューリン。『野いちご』(57年)で教授の車に同情する息子の妻を演じて以来ベルイマン監督作品の常連となり、座長の妻で男装の助手を演じた『魔術師』(58年)、ビビ・アンデルセン、エヴァ・ダールベックと共にカンヌ国際映画祭女優賞を受賞した『女はそれを待っている』(58年)、言葉の通じない土地を旅する姉と妹の心の葛藤を描いた『沈黙』(62年)、夫との冷めた関係から逃れ真の愛に生きようとする大使夫人を演じた『恍惚』(65年)などで、国際的評価を確立していた。この『狼の時刻』でも元愛人を高い存在感で演じ、翌年にはヴィスコンティ監督の名作『地獄に堕ちた勇者ども』で主役の一人である倒錯した一族の長女を演ずることとなる。さらに他の出演者もスウェーデンの舞台でベルイマン作品に出演していた面々が顔をそろえ、難度の高い役柄を素晴らしい演技でこなし、作品の質を高めている。

ネタバレなしの途中までのストーリーはスウェーデンのある小島で始まる。アルマ(リヴ・ウルマン)が著名な画家である夫ユーハン(マックス・フォン・シドー)との島での生活について語り始める。最初は仲むつまじかった二人だが、ある日島の人々のデッサンから帰ってきたユーハンの表情が険しいことにアルマは不安を覚えた。そんな時アルマが家をでるとある不思議な老婦人がいてベッドの下にある黒い箱の中のユーハンの日記を読むようにすすめるのだった。不思議が出来事にとまどいながらもベッドの下を探ると日記があり、そこにはユーハンが島の所有者である男爵から夕食会に誘われたこと、つきまとわれた心理学者をなぐったこと、愛人のヴェロニカ(イングリッド・チューリン)と出会ったことなどが書かれていて、ユーハンへの不信感が芽生えた。そこに戻ってきたユーハンが男爵から夕食会に誘われたことを告げ、二人は男爵の城にでかけた。城ではモーツァルトの「魔笛」の人形劇が上演された。夕食会では男爵がユーハンと出会う前のヴェロニカの愛人だったからなのか、貴族の皮肉嗜好のせいか、ユーハンは人々の攻撃の対象となり、アルマの前でユーハンとヴェロニカの関係が有名だったことなどを人々は笑いの種にしていた。一方男爵がユーハンの絵を多数所有していることも明らかになった。城から家に戻った後、「狼の時刻」を迎えた二人はまだ起きていた。そしてユーハンは体のあざについての秘密を今まで誰にも話したことはなかったと話し始めた。あざは実は少年を殺害した時に噛まれた傷だというのだった。そこに突然城からの使者が現れ、再び二人を城へと招待した。今回はヴェロニカも来るという。そしてユーハンの身が心配だといって拳銃を置いていった。ユーハンは、明け方になったからお前はもう必要ない、ドアの前に立って出て行けとアルマに告げると引き金を3度ひくのだった。そしてヴェロニカを求めて城へと向かった。そこではヴェロニカの居場所と引き換えに男爵の母に足に口付けを強要され、男爵が天井を歩くのを見て、化粧を施された後にようやくヴェロニカの元にたどりついた。そこではベッドに何かが白いシーツでおおわれていた。シーツをはがすと現れたのは一糸まとわぬヴェロニカの姿だった....。

この後ストーリーはさらに不思議な結末へと展開していくのだが、ここでユーハンが、さらにはアルマが見ているものは現実なのか幻想なのかは誰にも分からない。但しフロイトの影響が濃い『カリガリ博士』から連想されるのはやはり人格の崩壊だろう。ユーハンは著名な画家だったが少年を殺害してしまったという秘密を抱えたために世間を離れて妻アルマだけを話し相手に小島に逃れてきたが、精神を病んでいき幻想を見るようになったという見方が妥当なのではないだろうか?あまりに重い秘密を抱えると良心の呵責に耐えられなくなり人格が崩壊してしまうということを教えてくれている。

一方、『吸血鬼ノスフェラトゥ』の影響を受けたゴシック・ホラー作品としてみるとまるで見方が変わってくる。まず少年の殺人についてもなぜ少年がユーハンの靴のにおいをかぎ、断崖絶壁で釣りをしているユーハンの真後ろにたったかなどまるで分からない。性的なニュアンスを帯びたシーンだ。そして少年が噛み付くことでユーハンを格闘になるわけだが、最後にまた噛み付かれると思わず石で殴り殺してしまう。当然想起されるのは少年がヴァンパイアだというものだ。さらに男爵の城でモーツァルトの「魔笛」を上演した男の風貌が『魔人ドラキュラ』(31年)などで知られるドラキュラ役者のベラ・ルゴシにそっくりなこと、男爵が天井を歩いたこと、老婆が帽子を脱いで自分の顔の皮をはいで目玉を取り出すシーンなどを見ると、男爵の一族とその友人が全てヴァンパイアだという見方もできる。まあユーハンが見る幻想がヴァンパイアと結びついていて、その幻想シーンにお気に入りの『吸血鬼ノスフェラトゥ』などに登場するヴァンパイアを登場させたと見るのが妥当だろうが。

アルマについても幻想を語っているのか事実を語っているのかは謎のままだ。そもそも日記を読むようにアルマにすすねた老婦人が人間なのか幻想なのかさえはっきりしない。ユーハンが銃を放った後おかしくなっていたというくだりから後の森でのシーンはユーハンではなくアルマの幻想または現実であり、そこには男爵の一族によるこの世とは思えぬ行為も登場する。もしかするとアルマも神経に異常をきたしているのかも知れない。アルマがユーハンを殺害してしまい、荒唐無稽なストーリーを創りあげたという見方もできるだろう。また、最初から最後のアルマの観客への語りかけの間の全てがアルマの創りだした幻想でユーハンさえ存在していなかったという見方さえできる。前述したように見方は観客に委ねられるということだろう。

当時神経を患っていたベルイマン監督はビビ・アンデショーンの紹介でリヴ・ウルマンと出会い、大いに助けられたそうだ。神経症などの治癒には愛する人の存在と助けが必要だということも教えてくれている。

ベルイマン・ファンはもちろん、心理学に興味がある方、
知的な謎解きが好きな方、ゴシック・ホラー映画好きの人にはおすすめできる暗いが中身の濃い作品といえるだろう。

最終更新:2011年12月18日 16時46分

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